【新聞ウォッチ】“ミスターK” 片山豊さん105歳で死去…「フェアレディZの父」東京モーターショー“仕掛け人”

モータースポーツ レスポンス

気になるニュース・気になる内幕---今日の朝刊(朝日、読売、毎日、産経、東京、日経の各紙・東京本社発行最終版)から注目の自動車関連記事をピックアップし、その内幕を分析するマスコミパトロール。

2015年2月23日付

●厳戒首都疾走3万6000人(読売・1面)

●片山豊さん死去「Zの父」日米奔走(読売・7面)

●生活道路にもガードレール、重大事故の減少期待(毎日・3面)

●景気回復「実感ない」81%、内閣支持率、横ばい50%、本社世論調査(日経・1面)

ひとくちコメント

“ミスターK”のニックネームで親しまれていた北米日産(元米国日産)の初代社長の片山豊さんが2月19日、105歳で亡くなった。今日の読売などが報じている。

紺ブレにストライプのネクタイがよく似合う典型的な「慶應ボーイ」という風貌が印象的だったが、スポーツカーの『フェアレディZ』の父としても知られており、北米日産時代にダットサンZカーを米国市場に持ち込んで100万台以上も売り込んだ。

提携先のルノーから派遣されたカルロス・ゴーン社長には、再建の目玉としてフェアレディZの復活を懇願するなど、生涯にわたりブランドの維持に努めてきた。

1998年には、本田宗一郎氏や豊田英二氏らに次ぎ、日本人としては4人目の米国の自動車殿堂入りを果たした。

片山さんの偉業のもう一つは、「東京モーターショー」の“仕掛け人”でもあったことである。戦後の復興期の1954年には、当時日産の宣伝部に配属していた片山さんは、各社の宣伝担当者に声をかけて、まだ日本には自動車が少なかった時代に東京の日比谷公園に自動車を一堂に集めた。日頃、自動車に接することができない人たちにも身近に見て触れてもらう機会を考案した。

当初は自動車業界紙が主催していたが、「1社の主催では他の新聞社が取材に行かない。業界として一括したパブリックリレーションをする時代だ」として、業界団体が主催する自動車ショーに切り替えたのも片山さんのアイデアだったという。

その東京モーターショーが50周年を迎えた2005年には、50年の歩みを綴った記念の冊子が発行されたが、その座談会で片山さんが忘れられない思い出の1台にスバル『360』をあげていた。「リアエンジンとか、機構的にも面白い。アメリカの坂道でもよく走った。国民車の見本になるべき実用車だった」と。合掌。

  • 福田俊之
  • ダットサン240Z(1970年型、北米市場)
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