【フォーミュラE 第10&11戦】初代王者はネルソン・ピケJr…大接戦の末に

モータースポーツ レスポンス

電気自動車のフォーミュラレース「FIA フォーミュラE 選手権」の初年度「2014-15シーズン」が、27〜28日の英国ロンドン連戦(第10&11戦)で終幕。ネルソン・ピケJr.が初代チャンピオンの座に就いた。

昨年9月の開幕から、アジア、南米、北米、欧州の各地を転戦してきたフォーミュラEの初年度シーズンが、フィナーレの地ロンドンへと到着した。土曜の1デー開催が基本のフォーミュラEだが、ロンドンでは土曜(第10戦)と日曜(第11戦)に独立したレースが行なわれ、最終連戦というかたちでシリーズタイトルの行方が決まることとなる。

土曜の第10戦を迎える段階で、ドライバーズタイトル獲得の現実的な可能性を有する者は3人。ランク首位のピケJr.(NEXTEV TCR)が128点、2位で追うのがL.ディ・グラッシ(Audi Sport ABT)で111点、さらにS.ブエミ(e.dams Renault)が105点で続く状況だ。ポイントは決勝1〜10位に25-18-15-12-10-8-6-4-2-1点、他にポールポジション3点、決勝ファステストラップ2点である(有効得点制だが、上位3人には実質影響なし)。

全戦市街地もフォーミュラEの基本原則。しかしロンドンのバタシーパークに特設されたコースは市街地コースにしても幅が狭く、おまけにうねるようなバンピーさを路面が伴うなど、正直、問題の少なくないコースであった。レースで前車を抜くことはかなり難しいと思われるだけに、予選が極めて重要となることも予見されたなか、第10戦の予選でポールを獲得したのはシリーズランク3位のブエミ。ランク2位のディ・グラッシは3番グリッド、ランク首位のピケJr.が4番グリッドからの発進となる。

そして安全性等を考慮した異例のローリングスタートで始まった第10戦決勝は、ブエミがポール・トゥ・ウインを飾り、ディ・グラッシが4位+ファステストラップ、ピケJr.が5位というかたちで決着。この段階でポイント状況はピケJr.が138点で首位キープ、ブエミが133点でランク2位に上がり、 ディ・グラッシが125点で3位後退となった。

翌日、迎えた第11戦の予選は雨の影響を受ける。フォーミュラEの予選は参加20台が5台ずつ4グループに分かれて各10分間の走行を行ない、ベストタイム順にグリッドが決まる方式だが、おおまかに言うと前半の2グループは雨の影響がほとんどなく、後半の2グループはほぼウエット路面という推移に。

チャンピオンを争う3人は、第2グループで走ったブエミが予選6位、第3グループのピケJr.は16位、第4グループのディ・グラッシが11位という結果になった。ポイントと予選順位を併せて考えると、逆転王座に向けてブエミ有利、むしろリーダーのピケJr.は微妙で、ディ・グラッシほぼ圏外、そんな形勢である。

そして今度は通常のスタンディングスタートで始まった第11戦決勝、ファステストラップ2点の行方も含めたピケJr.対ブエミのチャンピオン争いは、レース後半、1点差を巡るほどの熾烈な攻防となっていく。

先行するブエミに対し、戦略を駆使した走りとチームメイト(日本のSUPER GTで活躍するO.ターベイ)のアシストも受けつつ入賞圏に上がってきたピケJr.。両雄の戦いは、最終的に予選順位と同じ6位でゴールしたブエミを、16番グリッドスタートから8位まで順位を上げてゴールしたピケJr.が1点だけ上まわって決着した(ファステストは最終的に他者が獲得)。ゴール後にトップチェッカーのS.サラザン(Venturi)が“電気使い過ぎ”のペナルティによるタイム加算で大幅順位降格となり、ブエミは5位、ピケJr.は7位へと順位を上げるが、1点差でピケJr.の得点上位は変わらなかった(144対143)。

ピケJr.はその名が示す通り、1981、83、87年のF1世界チャンピオンであるブラジルの英雄ネルソン・ピケの息子(7月25日で30歳)。自身もF1に参戦していた時期があるが、残念ながら大成はできなかった。嬉しいビッグタイトル、それも記念すべき初年度王座を大接戦の末に獲得したピケJr.は、ゴール直後に向けられたTVマイクに対して「何を言えばいいのか分からないよ」との第一声を発した。

ポイント首位で迎えた最終戦とはいえ、苦境を味わっての戴冠劇。「予選では自分のグループの時に雨が強くなってきた。あの時は『すべてがわるい方向にいっている』と感じもしたよ。良かったことといえば、おかげで『失うものは何もない』と思い、プレッシャーがずいぶん軽くなったことだった」とピケJr.はレース前の心境を振り返る。レースでは「何ができるかを見極め、その上で我々はアグレッシブな戦略を採り、それをやり遂げた」。

シーズン全体については「本当にタフな選手権だった。でも、良きチームスタッフたちと努力を続け、いろいろなことを少しずつ良くしてきたんだ」と語り、チームへの感謝も表わす初代チャンピオンであった。

ブエミは結果的にいえば、ピットでのマシンチェンジ直後にコース上でスピンを喫して1台に先行されていたことが痛かった。タラレバだが、それがなければ初代王者には彼が就いていた公算が高いだけに、悔しいスピンだった。

第11戦の優勝はS.バード(Virgin Racing)で、第2戦以来の2勝目を挙げている。初年度は全11戦で7人のウイナーが生まれ、ブエミの3勝が単独最多。バードとピケJr.が2勝で、他にディ・グラッシ、J.ダンブロジオ(Dragon Racing)、N.プロスト(e.dams Renault)、A-F.ダ・コスタ(Amlin Aguri)が各1勝。

チーム部門タイトルはブエミとプロストを擁した「e.dams Renault」が第10戦終了時点で獲得を決定した。現状のワンメイクマシン「Spark-Renault SRT_01E」の開発にはルノーが大きく関与していることを考えると、面目躍如というところかもしれない。

また、ロンドン連戦において、鈴木亜久里がチェアマンを務める「Amlin Aguri」チームから日本人選手として開幕戦の佐藤琢磨以来となる出場を果たした山本左近は、上位を走るパフォーマンスを見せることはできず、両レースともリタイアに終わっている。

フォーミュラEの2年目「2015-16シーズン」は(北半球の)今秋開幕予定。開幕までには規則面を含めたいくつかの“状況変更”が施されることも予想されるが、初年度同様の激しいチャンピオン争いを期待したい。

  • 遠藤俊幸
  • フォーミュラEの初代王者となったネルソン・ピケJr.。写真:Formula E
  • ポイント首位で最終戦に臨んだ状況ではあったが、かなりの接戦を経ての戴冠となったネルソン・ピケJr.。写真:Formula E
  • 初代王者ピケJr.の走り。写真:Formula E
  • ロンドン大会に参戦した山本左近。写真:Formula E
  • 山本左近は鈴木亜久里チェアマンの「アムリン・アグリ」チームからのスポット参戦。写真:Formula E
  • 第11戦で優勝したS.バード(手前)。写真:Formula E
  • 最終第11戦優勝のS.バード(写真は前日の第10戦)。写真:Formula E
  • 惜しくも個人王座を戴冠できなかったブエミ(中央)と、彼の所属チームの首脳のひとりで、4度のF1王座獲得歴を誇るアラン・プロスト(右)。写真:Formula E
  • チームチャンピオンを獲得したのは、セバスチャン・ブエミとニコラ・プロスト(アランの息子)を擁して戦った「e.dams Renault」(手前)。写真:Formula E
  • 第10戦で決勝ファステストラップをマークしたL.ディ・グラッシ(右)。彼は最終第11戦まで王座獲得の可能性を残していた。写真:Formula E
  • ピット内では決勝レース中、ドライバーが同じマシンに乗り換える(写真は決勝中ではない)。写真:Formula E
  • 元F1ドライバーのJ.トゥルーリもフォーミュラE初年度に参戦した。写真:Formula E
  • 最終連戦のコースには問題が少なくはない状況、ドライバーたちは難渋した。写真:Formula E
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