バイクギャラリー バイクアルバム57~60
バイクアルバム
こだわりのあの名車が勢揃いのバイクアルバム、随時、更新中。HONDA MVX250F(1983年)


全長×全幅×全高: | 2010×735×1155mm |
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エンジン形式: | 水冷2ストローク90度V型3気筒ピストンリードバルブ |
排気量: | 249cc |
最高出力: | 40ps/9000rpm |
最大トルク: | 3.2kg-m/8500rpm |
乾燥重量: | 155kg(乾燥138kg) |
価格: | 428,000円(1983年) |
4ストロークのエンジンを生産するイメージが強かったホンダが1983年1月(発売は2月)に放った250ccクラスのスーパースポーツモデルが水冷2ストローク90度V型3気筒ピストンリードバルブのエンジンを搭載したMVX250Fだ。1982年にロードレース世界GP500に同型のエンジンで初出場し3回の優勝を果たしたNS500(112度のV型で前1、後2気筒)の技術が盛り込まれ、クランクケースの前方に2気筒、その後方に90度の挟角で1気筒を配置するというユニークなV型3気筒であった。また後方の1気筒の慣性マス重量をコンロッド等の往復運動部分で前方の2気筒とバランスさせることにより理論上1次振動をゼロとし、2ストローク特有の振動を低減。その他、国産市販車初のスクエアタイプのフラットバルブ・キャブレターも採用された。フレームはダブルクレードル、フロントは16インチホイールにインボードディスク、リアはプロリンク式サスを装備しエンジンのスリム化&コンパクト化に伴い乾燥重量で138kgを実現した。チャンバー型マフラーは車体右側に上下各1、左側1の配置であった。MVX250Fの開発背景には1980年にヤマハより衝撃的なデビューを飾り大ヒットしたロードレーサーTZ250のレプリカとも言えるRZ250を駆逐する目的もあった。しかしながらライバルは同年2月1日にRZ250Rへと進化し最高出力も43ps、一方のMVX250Fは40psと一歩出遅れた感もあり、目的は達成できずに1代限りで姿を消した。 MVX250Fのデビューと重なるようにスズキからは1983年2月にアルミ角型フレームに最高出力45ps/8500rpmの水冷2ストローク並列2気筒パワーリードバルブのエンジンを搭載したRG250Γ(ガンマ)がデビューした。ホンダはMVX250Fの後継モデルとして1984年4月(発売は5 月)に90度V型2気筒ピストンリードバルブの水冷2ストローク、最高出力45ps/9500rpmへアップしたNS250FとNS250Rを発売した。この頃より打倒RZ250を目指し、過激なスタイリング&高性能エンジンを搭載したレーサーレプリカのブームが到来する。
SUZUKI RG250Γ(1983年)


全長×全幅×全高: | 2050×685×1195mm |
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エンジン形式: | 水冷2ストローク並列2気筒パワーリードバルブ |
排気量: | 247cc |
最高出力: | 45ps/8500rpm |
最大トルク: | 3.8kg-m/8000rpm |
乾燥重量: | 146kg(乾燥131kg) |
価格: | 460,000円(1983年) |
スズキのワークスGPレーサーであるRGΓ譲りのメカニズムを随所に投入し1983年2月20日に発売されたRG250Γ。Γ(ガンマ)とはギリシア文字で「栄光」という意味を持ち、ホンダMVX250Fの発売日からわずか20日後のデビューであった。両車ともライバルはヤマハRZ250で同年2月1日にはYPVSが装備され8psアップしたRZ250Rへと進化を果たしていた。RG250Γに搭載された水冷2ストローク並列2気筒パワリードバルブのエンジンはアルミシリンダー、フラットスライドのキャブレター、排気系に新開発のSIPC(Suzuki Intake Power Chamber)を採用し出力と燃費を向上、多段膨脹マフラー等によりクラス最高の45ps/8500rpm(以降、250ccクラスの自主規制値になった)を発揮した。回転計は3000rpm以下の表記はなく、まさにスパルタンなモデルであった。さらに量産車世界初のアルミ製角型断面パイプフレーム"AL-BOX"を採用し乾燥重量131kgを実現。足まわりはフロントにANDF(アンチノーズダイブ)、リアはフルフローター式サスでスプリング・イニシャルをサイドカバー下部のコントローラーで調整できるリモートコントロール・プリロードを装備し、前後のタイヤはミシュランを採用した。 RG250Γの登場によりレーサーレプリカ・ブームがいよいよ到来し、1年後の1984年4月にはカワサキもKR250を市場投入し、国産4メーカーの熾烈な開発バトルが展開する。RG250Γは5型まで進化し、1988年3月には90度V型2気筒クランクケースリードバルブの新型エンジンを新設計のアルミフレーム=DC-ALBOXに搭載したRGV250Γへバトンを渡す。
HONDA NV750カスタム(1982年)

全長×全幅×全高: | 2230×850×1200mm |
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エンジン形式: | 水冷4ストローク45度V型2気筒SOHC3バルブ |
排気量: | 749cc |
最高出力: | 66ps/7500rpm |
最大トルク: | 6.8kg-m/6000rpm |
乾燥重量: | 225kg(乾燥211kg) |
価格: | 650,000円(1982年) |
水冷45度V型2気筒、1気筒あたりツインプラグ、位相クランク、油圧式バルブクリアランス・オートアジャスター、バックトルクリミッターを採用した新型の水冷4ストローク45度V型2気筒SOHC3バルブのエンジンを搭載したNV750カスタムは1982年12月にデビューした。1982年はホンダにとって新V型エンジンの元年ともいえ、4月に90度V型4気筒DOHC4バルブのVF750セイバーとアメリカンスタイルのVF750マグナ、6月に90度V型2気筒でDOHC4バルブのVT250F、12月に90度V型4気筒DOHC4バルブのVF750FとVF400F、そして45度V型2気筒 SOHC3バルブのNV750カスタム(52度V型2気筒SOHC3バルブのNV400カスタムは1983年3月発売)と続いた。ダブルクレードルのフレームの前部に縦長にレイアウトされたラジエター、小柄なティアドロップ型の燃料タンク、シート後部までアップされた段付きシート、大型のアップハンドルを装備し駆動はメンテナンスフリーのシャフトドライブとした。アメリカンらしいスタイリングとするために小柄な燃料タンク(9.5L)としたが、この容量では航続距離が少なすぎるためにシート下にサブタンク(3L)が設けられている。この手法は後発のモデルにも活用されていくことになる。また今でこそアメリカンモデルは最高出力を低く抑え、トルク重視型のエンジンが多いが、NV750カスタムは最高出力66ps/7500rpm、最大トルク6.8kg-m /6000rpmとスポーツモデル並のパワーを誇っていた。輸出モデルとして1983年にシャドウVT700C、1984年にシャドウ1100が加わるが NV750カスタムは1代限りであった。1986年4月にNV750カスタムをベースにクランクケースカバー、ヘッドライトリム、ホイールの一部にゴールドカラーパーツ、クロームメッキのマフラー、サイドカバー、エアクリーナーカバーを採用し、車名に排気量を示す数字が無ない「シャドウ」として再デビューした。シャフトドライブでエンジンも同型ながら最高出力60ps/7000rpm、最大トルク7.0kg-m/5500rpmとデチューンされ、燃料タンクは容量7Lとさらに小柄となりサブタンクは逆に5.5Lと大型化された。その後、ホンダ750ccクラスのV型2気筒を搭載したアメリカンモデルは 1987年12月(発売は1988年1月)に新型の水冷4ストローク52度V型2気筒SOHC3バルブを搭載したロードスポーツモデルのブロス・プロダクト1(647cc)とプロダクト2(398cc)と同型のエンジンを搭載し、1988年1月に発売されたアメリカンモデルのスティード(400と600)、1995年3月にはアメリカ製のシャドウ・アメリカン・クラシック・エディション(1100)が輸入され113万円で販売された。1997年3 月にスティードの進化版としてシャドウ400と750に生まれ変わり現在に至る。その他、2009年10月に排気量1312cc水冷4ストローク52度V 型SOHC3バルブのVT1300CX 、2010年4月にVT1300CR、5月にVT1300CS、2010年3月にシャドウ750と同型のエンジンを搭載したスリムでコンパクトなアメリカンモデルとしてVT750Sが追加された。NV750カスタムはホンダのV型2気筒アメリカンの元祖といえる。
KAWASAKI Z750 Spectre(1982年)

全長×全幅×全高: | 2210×865×1185mm |
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エンジン形式: | 空冷4ストローク並列4気筒DOHC2バルブ |
排気量: | 738cc |
最高出力: | 70ps/9500rpm |
最大トルク: | 6.0kg-m/7500rpm |
乾燥重量: | 233kg(乾燥217kg) |
価格: | 620,000円(1982年) |
1970年代後半から火が付き出したアメリカンブームは1980年代に入って、めらめらと炎をあげた。各社よりクラスを問わずに大型アップハンドル、段付きシート、ティアドロップ型燃料タンクを装着した「気分はハーレー」的なモデルが続々と登場した。1982年8月に発売されたカワサキのアメリカンは、車名が当時の話題となった。その名はZ750 Spectre(スペクター)、英国式の表記で米語では「Specter」で意味は「幽霊、亡霊、妖怪…」。輸出仕様のZ1100 Spectreの国内仕様であったが、関東周辺の一部のライダーにとっては衝撃的な車名であった。Z750 Spectreは「スーパーグライドツアラー」と称し、スタイリングは定番であったが、前後ホイール、フロントフォークのボトムケース、リアのサスボディをゴールドとしフロントフォークにはゴム製フォークブーツ、特別な塗装等が施された燃料タンク、4into2のマフラー等を装備し重厚なイメージを演出していた。エンジンはZ750GPと同型だがフューエルインジェクション仕様ではなく可変ベンチュリータイプのキャブレターを採用し、最高出力 70ps/7000rpm、最大トルク6.0kg-m/7000rpmでZ750GPより500rpm低い回転で同パワーを発揮した。またZ750 Spectreは国内モデルとしてはカワサキ初のシャフトドライブ、その他、前後イコライズドエアサスを採用し、左右を連結し均一な性能を維持し、リアは4段可変ダンパー式とした。Z750 Spectreは1代限りで姿を消し、1984年に輸出モデルのGPZ900R Ninjaと同型の新エンジン(水冷4ストローク並列4気筒DOHC4バルブ)を搭載したシャフトドライブのドラッグレーサー風アメリカン、エリミネーター(国内モデルのエリミネーター750は1985年12月発売)へバトンタッチされ、ヤマハのV-MAXととともに新ジャンルを築いた。