軽自動車で異彩を放つジムニーは、ホープスターを原型にスズキの看板車種へと成長【スズキ100年史・第13回・第3章 その3】

コラム Clicccar

1970(昭和45)年にデビューした「ジムニー」は、現在4代目が大人気の、50年続いているスズキの看板モデルのひとつです。軽自動車でありながら本格的4輪駆動車という新しいジャンルを開拓し、世界的にみても唯一無二の存在感を示しています。

軽自動車規格の排気量とボディサイズながら、ラダーフレームや頑丈な前後リジットアクスル、高低2速を備えたトランスファーという本格的な4駆構成は、当時としては画期的でした。

「ジムニー」の原型は、ホープ自動車が1967(昭和42)年に発売した4輪駆動の軽自動車「ホープスターON型」です。ホープ自動車は、戦後1950年代から軽3輪および軽4輪の製造販売を行い、林業の作業車や山岳地域や積雪地の足となるクルマを製造していました。

ホープスター

「ホープスターON型」の最大の特長は、切り替えレバーの操作だけで一般路とダート道を、2輪駆動と4輪駆動を使い分けて(パートタイム4WD)走行できることでした。エンジンは当時の三菱ミニカ用空冷2ストローク2気筒エンジンを搭載していました。

三菱ミニカ用空冷2ストローク2気筒エンジンを搭載

軽自動車初の本格的な4輪駆動車でしたが販売は振るわず、経営難に陥ったため、ホープ自動車は自社生産を諦めて、大手メーカーに製造権を譲渡するという苦渋の決断をしたのでした。

ホープスターON型の製造権の取得を積極的に進めたのが鈴木自動車でした。鈴木俊三社長の娘婿の鈴木修常務は、ホープスターON型が急坂路を走破する映像を見て、軽自動車の4輪駆動の将来性に注目したのです。

1968(昭和43)年、鈴木自動車が正式に製造譲渡権を取得。ただし、ホープスターON型は小規模の手作り生産だったので量産化するには未熟な部分が多く、また、三菱車の部品を多用していたのですぐに量産化できるレベルではありませんでした。

鈴木自動車はエンジンを自社製に載せ替えて大幅な改良を施した上でスポーツタイプのスタイリングに変更、1970(昭和45)年に初代「ジムニー」を誕生させました。

初代ジムニー

当時の4輪駆動車はオフロードを走破する特別な使い方をするクルマだったので、それほど販売台数が出るとは予想していなかったようです。ところが予想に反して普通のセダンより多少乗り心地が悪くても、どこでも走れて個性を発揮できる、普通とは違う軽自動車を好むアウトドア派から圧倒的な支持を受けたのでした。

また、排気量を拡大したジムニーは海外でも高く評価され、鈴木自動車初のグローバルカーとなりました。

初代ジムニーの海外版(写真はオーストラリア仕様)

ジムニーは軽自動車規格の排気量とボディサイズながら、ラダーフレームや頑丈な前後リジットアクスル、高低2速を備えたトランスファー、大径タイヤという本格的な4輪駆動システムを採用しました。この構成は、その後のジムニーの進化の過程でもそのまま引き継がれています。

最高出力25PSを発揮する排気量359ccの空冷2ストローク2気筒エンジンと4速のマニュアルトランスミッションの組み合わせでしたが、車重が600kgと軽量なので悪路や砂地でも十分な走破性を発揮しました。

また、トランスファーに装備するPTO(動力取り出し装置)をオプションで用意。作業用やアドベンチャーユース時に動力を取り出してウィンチ機能が使えるようにし、特にプロの作業現場でも活躍しました。

初代第1期(1970)

2年後のマイナーチェンジではエンジンを空冷から水冷に変更して出力を28PSにパワーアップ。価格も48.2万円から52.9万円と上昇し、当時の軽自動車の中では高くなりましたが、それでも人気は衰えることなく、月産2,000台を超える好調を維持しました。

初代第2期(1972)

以降も長年ファンの期待に応え続け、2018(平成30)年7月発売の4代目ジムニーでは、納車待ちが何と1年以上いう変わらぬ大人気を誇ります。

4代目ジムニー(2018〜)

(文:Mr.ソラン 写真:中野幸次、花村英典、スズキ)

第14回に続く。

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