「私の選ぶ、もっとも魅力的コンパニオンは?」 モーターショーの華?古今東西 【F2P Vol.03】

コラム Clicccar

この数年、アジアのモーターショーでちょっと困ることがあります。アメリカの自動車技術誌にリポートを書いているのですが、編集長から「女性技術系教授の読者から苦情が出た。なんとかクルマだけの写真が撮れないか」と。

北京、上海、ソウル、東京では、『ショーの華』コンパニオンがポーズをとるサービスをしてくれます。今年の東京もコンパニオンさんが一生懸命笑ってくれるのですが、写真はなるべく彼女たちの休憩中に撮るようにしました。スズキの女性のにこやかな顔に、外してくれとは言えませんでした。たぶん、この写真、ボツになったでしょう。

中国、韓国では、アバターのように背の高いコンパニオンたちに圧倒されました。過度では定評のある中国ですが、最近、お上が露出度を問題にしているとのこと。

■振り返ると過去にも露出競争が…

さて、歴史は繰り返すといいますが、1960年代末から70年代はじめは、やはり露出競争が起きました。当時は、大きなショーは毎年開催、イギリス、ヨーロッパは、民族系メーカーが元気な時代でした。ロンドンは、市内のアールス・コートが会場で、英欧米メーカーはもとより、ソ連LADAも参加しました。

この時期、コンパニオンというより、モデルの露出度がエスカレートしていました。

ロンドンでは、生きているフラミンゴ(紅鶴)の池からヴィーナスのように立ち上がったり、アランビアンナイト風衣装ベリーダンス(大刀を持ったコワモテが付き添っているので、近づくのはそこまで)などなど。

ビキニからはじまり、ボデイペイント、トップレスと年々激しくなっていました。もっとも、人間性(?)解放期でもあり、南フランスではヌーディスト・ビーチに迷い込み、あたふたしたものです。

1971年のロンドン・ショーのプレスデー、いきなり周りのメデイア連中が駆け出しました。TVRがコンセプトカーを出すとは聞いていましたが、クルマ自体は、はじめからヌード。彼らはコンセプト・モデルならぬ「ボンネット上のモデル」登場の究極の瞬間に向かったのです。

面白いのは、当時のモーターショー、試乗会などで大半のプレス人はジャケットとネクタイを着用していたことです。マイク・ホーソンは、蝶ネクタイを締めてフェラーリF1、ジャガー・レーシングカーを駆っていました。

さて、私の選ぶもっとも魅力的なコンパニオンは、2013年ソウル・ショーのヒュンダイです。テーマ宇宙ステーションの看護師ロボットです。

毎回楽しませてくれるヒュンダイ・デザインの特別展示で、名付けて『ヒュンダイ・マイベビー』。

(山口京一)

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