「ラストワンマイル」を電動キックボードが解決する?【藤井真治のフォーカス・オン】
◆「ラストワンマイル」を電動キックボードが解決?
東京23区よりも少し大きい国土に600万人の国民がすむシンガポール。
クルマの保有を抑えて公共交通機関を中心としたモビリティを構築している。張り巡らされた地下鉄と路線バス、タクシーを利用するとほとんどの場所に行く事ができる。しかも日本と比べると大変低料金である。
ただしタクシーの保有台数も制限されているため駅近くやショッピングモールではなかなか捕まらない。「ラストワンマイル」の移動は意外と不便なのだ。
この不便さを解消するのがどこでも呼べる配車アプリの「グラブ」や自分で運転し乗り捨てもできるシェア自転車なのだが、加えてシンガポールではある便利な乗り物がはやっている。
電動キックボード(電動スクーター)という1人乗りの乗り物だ。
この面白い乗り物、動力源のないものは日本でもたまに公園や路上でお目にかかることができる。Xゲームにマウンテンバイクやスケボーなどに混じって登場することもあるが、基本はお遊びの道具が中心。ところがシンガポールでは駅から会社や自宅へのプライベート交通手段として使われているのである。
折りたためば地下鉄にも持ち込め、駅を出ればボードの上に乗ったまま目的地まで移動できる。数万円で購入できちょっとおしゃれな雰囲気も味わえる。使用料金もいらない。この電動キックボード、瞬く間にシンガポールで普及してしまったのである。
◆シンガポール政府が後押しする「PMD」
1人乗りの交通手段としては、乗車タイプの電動キックボードや大きな2輪タイヤが並行についたタイプなども普及している。これらは電動キックボードも含め総称してPMD(Private Mobility Device)と呼ばれ、シンガポールで3万台以上が販売されたと言う。
ところが、便利な乗り物は道路上で問題を起こすもの。歩行者との接触事故や時速50キロくらいに改造したPMDの車道での危険運転などが顕在化し社会問題化していた。
シンガポール政府はこのため2017年にPMDに関わる包括的な規制(スペックや使用場所)を盛り込んだ「Active Mobility法」、2018年にはPMD利用に関するルールをより広く認知させようと「PMDに関わるルールと行動規範」を作った。
ただしこれはPMDを規制するのが目的ではない。政府としては、電動キックボードをはじめとするPMDは「ラストワンマイル」のソリューションの1つとして位置付けており、一定の枠組みの中で発展させようとする世界でもユニークな試みを実施しているのである。
◆パッチワークで発展してきた東京のモビリティ環境
シンガポール道路運輸局の資料を見てみると、PMDの走行可能道路や制限時速が書いてあるのだが、自転車や電動自転車、車イスやベビーカーなど移動制約者のモビリティにまで考慮されている。国民それぞれのライフスタイルや移動ニーズに合わせて存在する個人の交通手段を認めていく。ユーザー目線のモビリティガイドラインといえよう。また、長期的には「自動車に依存しないモビリティ社会を目指す」現れとも見て取れる。
翻って東京のモビリティ。地下鉄やJRの駅までの道のりは遠く、通勤時間帯の混雑は解消されない。個人のモビリティの主役は自転車。共働き夫婦の子供の送り迎えには欠かせない手段ではあるが、同時に危険運転はなくならないし電車には持ち込めない。車椅子やベビーカー、大きな荷物の旅行者は公共交通機関で大変肩身の狭い思いをする。パッチワークで発展してきたような現在の東京のモビリティ環境は道路行政、都市計画、交通行政、警察といった縦割りの結果なのだろうか。
コンパクトな行政によって作られたモビリティ先進国であるシンガポールが、新しいモビリティの実験都市になろうとする姿が少しうらやましいのである。
<藤井真治 プロフィール>
(株)APスターコンサルティング代表。アジア戦略コンサルタント&アセアンビジネス・プロデューサー。自動車メーカーの広報部門、海外部門、ITSなど新規事業部門経験30年。内インドネシアや香港の現地法人トップとして海外の企業マネージメント経験12年。その経験と人脈を生かしインドネシアをはじめとするアセアン&アジアへの進出企業や事業拡大企業をご支援中。自動車の製造、販売、アフター、中古車関係から IT業界まで幅広いお客様のご相談に応える。『現地現物現実』を重視しクライアント様と一緒に汗をかくことがポリシー。
- 藤井真治