なぜ、シートベルトが「凶器」になるのか?【岩貞るみこの人道車医】

テクノロジー レスポンス

先月のこのコラムで、前面衝突のときにドライバーが膝から前方に滑り落ちるサブマリン現象が起き、シートベルトが腹部に食い込んで内臓損傷することを書いた。

肝臓がやられると、出血がひどく危険な状況に陥りやすいそうだが、では、小腸だとどうなるのだろう? ドクターヘリの取材をしていた10年ほど前、救命救急の医師に尋ねたところ、「傷ついて切除する部分が短ければ、気にする症状はあまり出ない」という回答が返ってきてほっとしたのを覚えている。

なんだ、そんなに後遺症は出ないのか。とはいえ、損傷部位や重症度は、自分で選べるわけではないのだが。

けれど、その後、私は一枚の衝撃的な写真を見ることになる。

◆サブマリン現象が残した傷

場所は、某医療系の学会会場。正面のスクリーンに映し出されたのは、胸の間から下腹部まで、一直線についた長い傷あとだった。顔は写っていないし胸もとはシャツで隠れていたけれど、そのウェストラインから想像するに、まちがいなく20代の女性である。

お嫁に行くまでは白い肌を……、というのは、昭和のころの化粧品の宣伝文句だが、令和になったって、たとえ服を着れば見えないとはいえ、若い女性がこんな傷をもって生きるのは覚悟のいることだ。母親世代にあたるであろう私は、彼女の気持ちを考えるだけで胸が押しつぶされる。

そうなのだ。交通事故で内臓損傷があれば、このように大きく腹部にメスを入れ、出血点(内臓の損傷部位)を探すことになる。たとえ後遺症が少ないこともあるとはいえ、やはりケガをしない、させないことが一番だ。

サブマリンをしない方法としては、ドライバーは背もたれとのあいだに隙間なくきっちり座ってシートベルトを適切にかけるに尽きる。クルマ側の対策としては、ニーエアバッグで、膝にエアバッグをあてて滑り落ちるのを食い止める、シート座面の前方が衝突時に上がる……という動きが以前、少しみられたけれど、その後、顕著な話が聞こえてこない。ニーエアバッグ、どこに行ったんだろう。

もうひとつ。世界に先立って高齢化社会を突き進む日本で問題にしたいのは、シートベルトによる胸部損傷である。腹部ではなく、胸部。心臓や肺の損傷だ。

シートベルトとエアバッグの登場で即死は減ったけれど、ITARDA(交通事故総合分析センター)のデータを見ると、胸部でも相変わらず死亡者が424人(2018年)いる。これは、自動車乗車中の損傷部位としてはトップだ。

なにが胸を圧迫するのか。答えは、安全装置であるはずのシートベルトだ。

「時速35kmでブロック塀に衝突し、心臓破裂。」これは某医療系学会で、日本医科大学千葉北総病院が報告した例である。

助手席に座っていた高齢女性はシートベルトを着用していた。しかし、衝突の衝撃でシートベルトが胸を圧迫し、肋骨を折り、心臓を破裂させたのである。

幸いにして、破裂部位が小さかったことと、救急隊の好判断でドクターヘリが要請され、早期に手術を開始できたことで彼女は一命をとりとめた。ゆえに病院では、シートベルトの着用有無、着座姿勢など彼女の回復後、詳細に説明を聞くことができたのだが、報告から判断すると彼女にはなんの落ち度もなかったと思う。

◆安全装置が凶器になる可能性

なぜ、シートベルトが凶器になるのか。

衝突時にシートベルトが上体を受け止めるときの強度が高すぎるからだ。もちろん、現在、前席のベルトは、衝突の瞬間にプリテンショナーでたるみをなくし、上体を受け止めたらちょっとゆるめる、という対策が施され、受け止め強度を緩和する仕組みが採用されている。それでも、まだなお、高齢者の骨密度や肋骨の変形(高齢になると肋骨が湾曲する)には、対応できていない。

ドライバーの対応としては、えっと、骨密度を下げないこと? タタミイワシ食べて、ミルク飲んで、毎日、太陽の光を浴びること? では、クルマ側の対策は? 高齢化社会に突き進む今、そろそろ安全装置の基準を見直す必要があると思う。だって、安全装置が凶器になるって、やはりどう考えたっておかしいと思うのである。

岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家

イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。主にコンパクトカーを中心に取材するほか、ノンフィクション作家として子どもたちに命の尊さを伝える活動を行っている。レスポンスでは、アラフィー女性ユーザー視点でのインプレを執筆。コラム『岩貞るみこの人道車医』を連載中。

  • 岩貞るみこ
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