フランコ・リーニの元愛車そのもの、ランチア・フルヴィアスポルト・ザガートが出品…オートモビルカウンシル2021

業界 レスポンス

決して展示台数が多いわけではない「オートモビルカウンシル」。多くのモデルは販売されるものだがそんな中、今回の白眉と思えたモデルが、ランチア『フルヴィアスポルト・ザガート』だ。オレンジ色のボディは2台並んで展示されていたのだが、白眉と思えたのは向かって左側のモデル。シャシーナンバー002450である。

◆フルヴィアスポルト・ザガートとは

ランチアというメーカーはその誕生当時から革新的な構造や機構を採用することで知られたブランド。誤解を恐れずに言わせてもらうと、凝り過ぎて採算に乗らなかったか、あるいはユーザーの心を捉えきれなくて風前の灯火になっているブランドである。

このフルヴィアスポルト・ザガートもそんな1台である。誕生したのは1965年。ラリー車として有名な「フルヴィアクーペ」をベースに、ザガートのボディを架装したモデルである。デザインを担当したのは当時ザガートに在籍していたエルコーレ・スパーダ。アルファロメオ・ジュニアザガートや一連のTZシリーズ、日本のスバルエンジンを搭載したオスカ・ドロモスなどのデザインを手掛けている。

ランチアといえばラリーを思い浮かべる人が多いと思うが、このフルヴィアスポルト・ザガートはロードレースでも活躍し、タルガフローリオでは常連。そして1969年にはアメリカのセブリング12時間及びディトナ24時間でクラスウィンを達成している。

◆シャシーナンバー「002450」

今回オートモビルカウンシルにやってきたシャシーナンバー002450は、元ジャーナリストにしてフェラーリのレーシングマネージャーを務めたフランコ・リーニ氏の愛車だったものだという。

元々初期モデルのフルヴィアスポルト・ザガートはデビュー直後の700台がオールアルミボディを纏っていた変わり種。リーニ氏がランチアでオーダーしたモデルはそのアルミボディに1.3リットルの狭角V4エンジンを搭載したモデルだったという。その後、エンジンがブローして、今は後期型と同じ1.6リットルのV4を搭載している。

フランコ・リーニ氏が一躍有名になったのは1967年のディトナ24時間レースだ。この時フェラーリのレーシングマネージャーを務めていたリーニ氏は、その前年フォードによってルマン24時間レースのフィニッシュラインを3台並んで通過された苦い記憶にリベンジするため、優勝が見えた最終盤にフィニッシュラインを3台のフェラーリを横一線に並べて通過させ、見事に雪辱を晴らすのである。

ランチアがフランコ・リーニ氏にフルヴィアスポルトザガートを売却したのは1970年のことだというから、ラインオフしたモデルではなく、わざわざ組み上げてくれたモデルということになる。

因みにこのクルマはガレーヂ伊太利屋の販売車両。残念ながら販売価格はPOAとなっていたが、床に無造作に並べられたスペアボディとホイールも含んでいるということだった。

  • 中村 孝仁
  • ランチア・フルヴィアスポルト・ザガート(オートモビルカウンシル2021)《写真撮影 中村孝仁》
  • ランチア・フルヴィアスポルト・ザガート(オートモビルカウンシル2021)《写真撮影 中村孝仁》
  • ランチア・フルヴィアスポルト・ザガート(オートモビルカウンシル2021)《写真撮影 中村孝仁》
  • ランチア・フルヴィアスポルト・ザガート(オートモビルカウンシル2021)《写真撮影 中村孝仁》
  • ランチア・フルヴィアスポルト・ザガート(オートモビルカウンシル2021)《写真撮影 中村孝仁》
  • ランチア・フルヴィアスポルト・ザガート(オートモビルカウンシル2021)《写真撮影 中村孝仁》
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