スーパーカーとは? 歴史と人気の車種を紹介
この記事をまとめると
■スーパーカーの定義について解説■スーパーカーブームは社会現象になった■スーパーカーの代表車種も紹介
スーパーカーってどんなクルマ?
クルマ好きにとって「スーパーカー」は、聞くだけでワクワクするワードですよね。ハイパフォーマンスなのはもちろん、斬新なフォルムを身につけたスーパーカーは多くの人を引きつける特別なクルマです。 今回は1970年代に発売されたモデルを中心に、スーパーカーについてのトピックスを紹介していきます。 「スーパーカー」と聞いてすぐにランボルギーニやフェラーリのモデルを連想しますが、「スーパーカーとはどんなクルマなのか?」と聞かれると回答することがけっこう難しいと感じてしまいます。 辞書では「高出力、高性能で特徴的なデザインのスポーツカー」とか「スポーツカーの中でもとくに大型、強力で手作りに近いもの」などスーパーカーについて記載されていますが、これってかなりアバウトな説明ですよね。 それだけスーパーカーを定義するのは難しいことなのかもしれませんが、高性能かつ希少なクルマなのはもちろん、量産スポーツカーと比べて存在感が圧倒的に高いことも特徴といえるでしょう。 また、その時代において一番高性能に仕立てるため技術の粋を集めているのもスーパーカーの特徴。だからこそ、自動車ファンが憧れ価値を見出す。それがスーパーカーなのではないでしょうか。
スポーツカーとの違いとは
スポーツカーといえば速くてかっこいいクルマ。これだけ聞くとスーパーカーとの違いはなさそうですが、スポーツカーの中でも突出した性能と希少性を備えたクルマがスーパーカー。 スーパーカーはスポーツカーの一種ではありますが、「スポーツカー=スーパーカー」ではないのです。
スーパーカーを保有するメリット
資産価値が高い
スーパーカーを所有・保有する大きなメリットといえば資産価値が高いことが挙げられます。1970年代に発表されたスーパーカーでも価格は上がり続けているのが現状。資産として保持、運用を行う所有者は少なくありません。
保有する喜びを味わえる
資産としてスーパーカーを購入することはもちろん、クルマ好きとしてスーパーカーに憧れを抱き入手するユーザーも数多く存在します。 またスーパーカーを保有することはステータスでもあるなど、オーナーの人生を豊かにしてくれることも間違いありません。
日本でのスーパーカーブーム
スーパーカーの漫画が人気に
1970年代後半に巻き起こったスーパーカーブーム。そのきっかけは週刊少年ジャンプに連載された『サーキットの狼』(池沢早人師)でした。 主人公・風吹裕矢がロータス・ヨーロッパでデ・トマソ・パンテーラやランボルギーニ・ミウラ&カウンタック、フェラーリ・512BBなどと公道や峠、サーキットでバトルするストーリーに子どもはもちろん大人も熱狂しました。
スーパーカーを題材にしたテレビ番組の放送
漫画『サーキットの狼』が火をつけたスーパーカーブームはさまざまなジャンルに影響を与えます。スーパーカーを展示するショーが全国各地で開催され、自動車を題材とするテレビアニメも放映されました。 アニメだけでなく『対決!スーパーカークイズ』(東京12チャンネル/現テレビ東京)などスーパーカーを題材にしたクイズ番組も放送されるなどブームは加熱していきました。
スーパーカー消しゴムなど派生ブームが次々と
メディアのみならずスーパーカーブームは広がっていきます。下敷きや筆箱などの文房具や駄菓子屋で販売されていたカードなど、ブームを支えていた小学生に刺さるグッズが数多く販売されました。 なかでもとくに人気を得たのがスーパーカー消しゴム。消しゴムとしての機能はありませんでしたがコレクションとしてはもちろん、ノック式ボールペンなどを使い机の上から相手の消しゴムを落とす対戦アイテムとして子どもたちはスーパーカー消しゴムを集めていたのです。
世界の代表的なスーパーカーのメーカー
数ある自動車メーカーのなかでスーパーカーメーカーといえばフェラーリやランボルギーニ、近年ではマクラーレンもそのひとつといえるでしょう。 一般的には量産車ではなくスーパーカーの生産を主に行うメーカーのことを指すことが多いですが、ポルシェやアストンマーティン、またGT-Rを生産することで日産も人によってはスーパーカーメーカーと呼ぶこともあります。
スーパーカーの代表的な車種
スーパーカーといえど、その車種は様々。今回は1960年代後半から1970年代に発表されたイタリア製スーパーカーをピックアップして紹介します。
ランボルギーニ・カウンタック
50代以降の方がスーパーカーと聞いて連想するモデル第一位はこのカウンタックでしょう。 イタリアのカロッツェリア・ベルトーネがデザインしたキング・オブ・スーパーカーともいえるこのクルマは1971年のジュネーブショーでプロトタイプが初披露。1973年に生産車が発表されました。 ウェッジシェイプの超未来的フォルムにガルウィングドア(正確にはシザーズドア)の見た目だけでもインパクトがあるにもかかわらず、最高時速300km/h(公称)を発揮する4リッターV12エンジンをミッドシップに搭載。世界中の自動車ファンが度肝を抜かれるほどの存在感を有していたのです。 そもそもカウンタックは後ほど紹介するミウラの後継モデルとして企画され、当初は5リッターV12エンジンを搭載する予定でした。ただ生産車としてデビューしたLP400にはミウラと同じ4リッターエンジンを搭載。ただホイールベースを短縮するためエンジン真下にドライブシャフトを通すなど独自のレイアウトを採用していました。 カウンタックはLP400からLP400S、排気量を4.8リッターに拡大したLP500S、さらにエンジンの排気量を拡大し4バルブ化した5000QV、ランボルギーニ創立25周年記念モデルの25thアニバーサリーと進化。1990年まで生産が続けられています。
ランボルギーニ・ミウラ
ランボルギーニのスーパーカーといえばカウンタックとともにミウラを挙げるべきでしょう。 ただ、ミウラ登場の前にワンオフのプロトタイプであるイオタが開発されました。ある意味、ミウラより伝説化しているイオタはレース参戦を目的に開発されましたが、当時、社内では競技車両の開発を止められていたため実験車両として製造されました。イオタで得られたノウハウを源泉としてミウラが登場したというわけです。 ミウラはカウンタック同様、V12エンジンをミッドシップに搭載していましたが、パッケージング効率を考え横置きに積まれていました。 搭載されたエンジンは最高出力350馬力を発揮する4リッターV12。その後、ミウラ(P400)の改良版となるP400Sは最高出力が370馬力にアップ。さらにP400SVは最高出力385馬力となっています。 ヘッドライトにつくまつげがチャームポイントで、地をはうようなロー&ワイドなマルチェロ・ガンディーニが手掛けたスタイリングはエアロダイナミックで魅力的。カウンタックが備えるウェッジシェイプデザインとはまた違った魅力を備えていました。 いま見ても前衛的だと感心するミウラはカウンタックにバトンタッチする形で1973年に生産を終えています。
フェラーリ365GT4BB/512 BB
フェラーリといえばミッドシップレイアウトを採用するモデルが多いイメージですが、最初のミッドシップカー(BB/ベルリネッタボクサー)は1973年にデビューした365GT4BBでした(※ディーノは除く)。市販車のV12エンジン搭載ミッドシップカーは意外なことにランボルギーニのほうが早かったんですね。 365GT4BBは4.4リッターV12エンジンを搭載し、カウンタックが最高時速300km/hをアピールしていることに対して同車は302km/hとカタログ上で対抗していたのも話題となりました。 同車は1976年に5リッターへエンジンの排気量を拡大し、生産性を重視した512BBへと進化。エクステリアもテールランプの数が変更、ドア後方のダクトが設けられたほか、リヤオーバーハングが延長されるなど細かい変更がなされています。 365GT4BBや512BBは180度のV12エンジンを縦置きに搭載。デフとトランスミッションをエンジンの下に置く2階建て機構を採用していたことが特徴です。 1981年に512BBはキャブレターからKジェトロニック(電子制御燃料噴射装置)を装備した512BBiへと進化。その後、テスタロッサへと発展しています。
マセラティ・ボーラ/メラク
先に挙げたミウラやカウンタックといったイタリアンスーパーカーが注目を集めていた1970年代初頭、マセラティが世に送り出したのがボーラ。1971年にデビューしたボーラは4.7リッターV8エンジンをミッドシップに搭載。デザインはあの巨匠、ジョルジエット・ジウジアーロが手掛けています。 当時、マセラティはシトロエンの傘下にあったこともあり、同社由来の油圧ブレーキを採用。ボディはスチールモノコック構造を採用しています。 ただ、ミウラなどに比べると販売は低迷。そこでマセラティは廉価モデルとなるメラクを1972年に追加しました。 メラクはエンジンをV8からシトロエン製の3リッターV6へと変更。エンジンの長さが短いことで、2シーターだったボーラとは違い2+2レイアウトへチェンジしています。 またハッチバックだったボーラとは違い、エンジンの冷却性能を向上させるためノッチバックへデザインが変更されました。 とはいえボーラも生産を終えたわけではありません。1973年にはエンジンの排気量を4.9リッターへ拡大。1975年には排気量はそのままに馬力やトルクが向上しています。
デ・トマソ・パンテーラ
1971年に登場したデ・トマソ・パンテーラはある意味、異色のスーパーカーでした。 高性能スポーツカーの製造を目論んでいたフォードがデ・トマソと手を組み開発。フォード製V8エンジンをミッドシップに搭載し、シャシーはなんと鋼板モノコック式を採用していたのです。 いままで紹介したイタリアンスーパーカーと大きく違うのがその価格。フォードが関わっていたこともあり、フェラーリやランボルギーニのモデルとは違いリーズナブル(スーパーカーとしてはですが)な価格をウリにしていました。その戦略は成功し、アメリカ市場で大ヒット! パンテーラは1994年まで販売が続けられています。 ただ、リーズナブルだからといって動力性能がほどほどだったわけではありません。パワーユニットはフォード製5.8リッターV8エンジンで標準仕様が最高出力266馬力。高性能仕様のGTSはエンジンの圧縮比を高めて330馬力を発揮していました。 またスタイリングも他のスーパーカーとは異なる独創的なもの。北米市場をターゲットとしていることもあり、アメリカ人好みのマッシブで重心は高めのデザインを採用しています。 先程、同車は1994年まで販売されたことをお伝えしましたが、1974年にパンテーラのプロジェクトからフォードは撤退。その後はデ・トマソが生産を続け、1991年に最終モデルのヌォーボが発売されています。 スーパーカーというくくりでは幅が広すぎるので、1970年代あたりに登場したモデルをピックアップしています。
さらにハイスペックなハイパーカーの登場
現在、スーパーカーより動力性能が高いハイパフォーマンスカーをハイパーカーと呼ぶこともあります。 その定義はスーパーカー同様曖昧ですが、レーシングカーに近い性能を有した少量生産のモデルがハイパーカーとして扱われます。 そのきっかけは1999年に登場したイタリアのパガーニ・ゾンダで、当時としては他に類を見ないほど圧倒的な性能を有していたことからハイパーカーと呼ばれるようになり、その後登場したブガッティ・ヴェイロンやマクラーレンP1なども同様に称されることになりました。 またハイパーカーは性能だけでなく価格もハイパー、少なくとも100万ドル以上することも定義に含まれます。
まとめ
いまもフェラーリやランボルギーニ、マクラーレンからスーパーカーが販売されていますが、50歳以上の方にとってスーパーカーといえばカウンタックやフェラーリ512BBがまさにそれ。走行性能などは現在のクルマに劣るのでしょうが、存在自体が「スーパーカー」だったのです。 いまやスーパーカーよりうえのハイパーカーが存在するようになりましたが、カウンタックなどが発していたクルマ自体のインパクトはハイパーより上の「ウルトラ」カーと言えるものでした。