横浜ゴム100周年! 幾度の苦難を乗り越え成長した不屈の魂

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今や社員数2万5000人のグローバル企業に成長

「護謨」と書いて何と読む? と言われるとピンとこない。アタマに横浜と付ければ「ゴム」かな、とわかる人もいるだろう。そんな護謨の名を冠した会社が100年前の1917年10月13日に誕生した。その会社は昭和38年(1963年)に横浜ゴム株式会社と改名。あのADVANで有名なタイヤメーカーである。

 第2次世界大戦のあと、日本の自動車メーカーは飛躍的な発展を遂げてきた。その陰に隠れているが、自動車の性能向上を支えてきたのがタイヤメーカーだ。なにしろ、車体と路面の間にあるのはタイヤだけで、クルマの運動を一手に引き受けている極めて大事なパーツなのだ。

 横浜ゴムの創業100周年に当たる10月13日は、都心の帝国ホテル孔雀の間で、盛大な記念パーティが開催された。代表取締役会長の南雲忠信さんは冒頭、こんなあいさつを行った。

「横浜ゴムは横浜で創業しました。当社の100年の歴史は困難と挑戦の歴史でした。創立直後には関東大震災や戦争で2度工場を失いながらも再建し、不況やバブル崩壊、リーマンショックなどの厳しい社会情勢にも不屈の精神で立ち向かい乗り越えてきました。時代を先がける商品を次々に開発して今や社員数2万5000人のグローバル企業に成長しました」

 クルマファンにとってはスポーツラジアルという新ジャンルを立ち上げたADVAN HFが極めて有名だが、環境性能をテーマにしたエコタイヤDNAも有名だ。ゴルフブランドのPRGR(プロギヤ)でもファンを獲得している。

 ともあれ、100周年というおめでたいパーティにたくさんの関係者がお祝いに駆け付けた。近藤レーシングの近藤真彦さんも挨拶に立ち、スーパーGTでのADVAN GT-Rのタイヤへの期待を語り、元F1ドライバーの片山右京さんも、F1時代からのモータースポーツ活動の思い出を語った。片山右京さんは自身のスポーツチームTeam UKYOでサイクルロードレースでもヨコハマのサポートを受けている。モータースポーツファンとしては、ADAVANカラーで大人気だったドリキンこと土屋圭市さんの思い出話が欲しかった。

 ともあれ、大きな変革を迎えたクルマ社会で、タイヤの果たす役割は極めて大きい。韓国タイヤメーカーはじめアジアの競合も激しくなっている。日本のタイヤメーカーの躍進を期待したい。

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