世界のクルマ好きはなぜフェラーリに憧れるのか

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海外はF1の影響が大きいが日本は特殊なケース

 フェラーリと言えば自動車界の女王サマ。クルマに関心がない人でも、そういう認識はあるだろう。ましてやクルマ好きにとって、フェラーリは特別な存在だ。

 いったいナゼなのか?

 日本の場合、やはり70年代のスーパーカーブームが、その源流にある。1976年から’77年にかけて、日本中のチビッ子(男子)は、スーパーカーに熱狂した。発火点は少年ジャンプに連載されたマンガ『サーキットの狼』(池沢さとし作)だった。

『サーキットの狼』の作中では、じつはフェラーリはそれほど登場しない。ランボルギーニも同様。主役は風吹裕矢が駆るロータス・ヨーロッパ。裕矢はのちにディーノも愛車とするが、ストーリーとは無関係にスーパーカーブームが沸き起こり、チビッ子たちは中でも最強クラスだったランボルギ-ニ・カウンタックとフェラーリBBに熱狂した。

 その刷り込みはあまりにも強烈。おかげで現在の40代後半から50代前半あたりの層は、フェラーリとランボルギーニに対する強い憧れが脳裏に刻まれた。大人になって分別を知り、カウンタックファンだった元チビッ子も、「さすがにランボルギーニは非現実的すぎ!」と考え、想いの対象をフェラーリに切り替えたケースも多い。

 つまり、現在の中年男性がフェラーリに憧れるのは、三つ子の魂百まで。’90年代のF1ブームもそれに拍車をかけた。

 ただ、それで誰もがフェラーリに憧れるようになったわけではない。かくいう私は現在56歳だが、スーパーカーブームは素通りし(ブーム時すでに高1だったため)、免許を取ってクルマ好きになってからも、フェラーリのような非現実的な存在に対する憧れはなかった。スーパーカーブームという原体験がなかったため、そこまで思いを飛躍させられなかったのだ。

 私がフェラーリに魅せられたのは、一にも二にも現物を知ってしまったためだ。たまたま集英社で池沢さとし先生の担当者となり、先生のテスタロッサを運転させていただき、見た目よりもなによりもフェラーリの悪魔的なエンジンフィール(主にサウンド)に激しい衝撃を受け、「フェラーリであればすべて善し」を教義とする大乗フェラーリ教を開くにいたった。しかしこんなケースは、明らかにまれである。

 海外の場合、フェラーリと言えば市販車よりもF1のイメージなので、F1の太陽神的存在であるフェラーリへの憧れが、そのまま市販車に広がるケースが多い。小さいころから赤い旗を振ってフェラーリF1を応援していれば、自然と市販車のフェラーリにも憧れて当然。とくに欧州ではF1人気はまだまだ熱く、ガソリンスタンドに行けば大抵フェラーリグッズを売っているし、フェラーリのTシャツをフツーに着ている人も多い。

 しかし日本では現在、モータースポーツはまったく人気がなく、フェラーリグッズも“恥ずかしいもの”という感覚が大勢を占めている。よって、市販車の見た目(デザイン)で憧れを抱くくらいしか考えられない。

 原体験の欠如により、日本では、若年層のフェラーリへの憧れは、相当しぼみつつある。

 (取材協力:ランボルギーニ・デイ/オールドナウ/フェラーリ70周年イベント)

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