誰も触ってないのにバイクが倒れない! テストコースで体験した「現実的」な未来の技術に衝撃【その2】
この記事をまとめると
■ホンダの「2050年交通事故死者ゼロに向けた、先進の将来安全技術」を体験■クルマ同士はもちろん歩行者とも危険をネットワークで共有するサーバー構築を目指す■体験会の締めは進化した倒れないバイク技術のお披露目だった
誰もぶつからない交通社会実現を目指すホンダ
ホンダが将来に向けた先進安全テクノロジーを構成する具体的な要素技術の数々を、プレス向けに公開・体験させる発表試乗会を行った。前回はホンダの安全に対する考え方や、未来に向けて実現を目指していることの一部をリポートしたが、今回は二輪も含め、そのほかのホンダの先進安全テクノロジーをお届けしたい。
知能化の本命はネットワーク化か
今回、栃木の本田技術研究所で見てきた「知能化運転支援技術」は、じつは車載モジュールの進化と活用によって、クルマ自体が知能化されうる半分、といえるかもしれない。もう半分はネットワーク化、つまりクルマを「安心・安全ネットワーク」内でひとつのノードとして制御する概念の側だ。 具体的には5G以降の通信環境によって、ドライバーその他あらゆる交通参加者の置かれている状況や周囲環境がシステムで認識され、リスク情報をサーバーに集約共有し、それぞれに導き出された最適な支援情報を配信して回避行動や行動変容を促すという、話だ。ホンダはもっと平たく敷延して、「誰もぶつからない交通社会実現を目指す」としている。 これは単にクルマ同士、歩行者や自転車のスマートフォン同士が繋げられるという話ではない。むしろ対歩行者事故、V2P(ヴィークル・トゥ・パーソン)のケースを抑制するためのシステムづくりといえる。 たとえば、ながらスマホで車道を渡ろうとしている歩行者のようなリスクを、車載カメラが特定したら、サーバーを介して必要であれば歩行者側のスマートフォンに支援情報が受信される。そうした状況が駐車したトラックなどによって作り出されているようであれば、見通しが一時的に悪いエリアとして仮想空間内の高精細マップ上に動的データとして書き込まれ、サーバー上で共有されるリスク情報としてそこを通過する他車にも活用される。 これは他車が認識したリスク情報を、自車が受け取ることもできるという、相互やり取りでもある。 ホンダはこのタイプのリスク管理を「協調型リスクHMI(ヒューマン・マシン・インターフェイス)」と呼ぶ。仮想空間内に交通環境を再現することが大前提で、その運用には車載カメラの他にも、路側カメラや個々のスマートフォンの位置情報が要るため、官公庁や通信業界と一体になって取り組むべきものとしている。 今のところロードマップとして、2020年代前半にシステム構築と効果検証、同後半には標準化と実装を予定しているという。
来年そして2030年までの進化とは
先行技術のデモ体験が主だったこの日の試乗で、直近の市販プロダクトに関係するのは、ホンダ・センシングの機能拡張だ。 具体的には路外逸脱抑制が低速時にも対応し、衝突軽減ブレーキの作動シーンとして二輪車検知率を向上させた。試乗車のシビックで、クルーズコントロールを30km/hに固定し、左側の路肩へわざとフラついてみる。白線がなくても路面と路肩を認識して、修正舵が効く。田舎の一般道などでありうる状況ではある。 次はわざとダミーの二輪車に追突する勢いで進んでいくと、表面積が小さく検知されにくい二輪車を、レーダーがキチンと検知して回避ブレーキが作動した。地味なようだが、日常で頻繁に起こりうるケースをカバーした改良といえるだろう。 続いては「ホンダ・センシング360」、2030年にホンダ全車で標準装備を予定しているADASパッケージの機能のごく一部を、助手席から体験できた。 最初は、50km/hで前走車に続いて走行車線を走る。前走車が急に車線変更すると、駐車車両があった、という状況だ。かなり近い距離から相対的に高い速度で緊急回避ブレーキが作動したのだが、止まり切るより何より、意外なほどジェントルな制動マナーに驚かされた。 次はさまざまなパターンと相手による出会い頭事故のエクササイズ3種。横断歩道における歩行者、一時停止から幹線道路に出る際の、80km/hで目の前を横切る四輪と二輪、それぞれのパターンを試した。 大きさも速度も違えど、いずれもほぼ真横に近い角度から飛び出してきて、対車両とバイクについては左右の見通しが効かない分、こちらがノーズを出せば即衝突というパターン。側方で距離も相当あるはずだが、補助ブレーキが自車を正確にその場に抑えつける。「加害者になりたくない」という要望に、見事に応える作動ぶりだった。
ハードウェアの進化だけでは本当に安全な社会は実現しない
多面的に安全に取り組むということ
安全への取り組みは、ハードウェア側にインテリジェント実装するだけではない。ASEAN各国など、運転者が習いたいけど運転を習ったことがなく、でも習慣的に運転している状況では、ホンダはスマートフォンをラーニングツールのゲートウェイとして活用する。個人のパーソナルデータや運転プローブデータを統合して、アダプティブラーニングAIがひとりひとりに合わせた学習プログラムを提供する。 あるいは日常の運転中に、ドライバーの運転スキルや状況に合わせて、音声でパーソナルコーチングをするシステムも手がけている。これも運転データとリスクをAIが照らし合わせることで、アドバイスを通じてドライバー個々の運転能力を向上させることができるというのだ。 また、受動的セーフティについても、エアバッグをはじめ独自の研究を進めている。事故が起きた時、頭部への衝撃インパクトが重篤化に繋がるとされていたが、ホンダはインパクト以前に頭部の回転が脳にもたらすひずみが、すでに傷害リスクを上げていることに着目。前席乗員にはオフセット衝突時にもドーナツ状のカタチで頭部の回転を抑えるエアバッグを開発。 また、歩行者には車両とぶつかることを避けられなくなった時点で、衝突を予測して開く新・歩行者保護エアバッグを開発した。 加えて、カメラによる乗員検知やADAS情報による衝突モード、時間を分析することで、ひとりひとりに合わせた拘束の仕方を導き出すとともに、人体ダメージを緊急搬送時に付加することもできるという。いわばパッシブ・セーフティも知能化されうる領域という考え方だ。 エアバッグは依然としてパッシブ・セーフティの軸であり、二輪にも同じことがいえる。ホンダが開発した二輪用エアバッグは、対四輪がもっともクリティカルな衝突となる以上、頭部を保護する部分を分厚くしつつ、四輪の車体に支持される形状となっている。 さらには二輪にも、漫然運転時に衝突エネルギーを減じるための被害軽減ブレーキや、前後コンビブレーキを普及拡大させるという。純粋に機械的な制御による、新興国向けの前後コンビブレーキとは別に、ABSモジュールによって前後制動バランスを変化させるのが、ゴールドウイングやCBR1000RR-Rなど先進国向けに用いられる。 他にも、コーナリング時のバンク角によって斜め前方を照らすコーナリングライトや、デイタイムランニングライトや、緊急制動時に点滅するエマージェンシーストップシグナルなど、四輪同様の技術もすでにフィードバックが始まっている。
未来感覚あふれるコケないバイク
しかしこの日、二輪の安全技術デモで最大のサプライズは、「ライディングアシスト」だった。この技術自体は2017年に発表され、前後輪の接地ジオメトリと重心位置をつねに変えつつジャイロセンサーでバランスをとる、という基本的な考え方は踏襲している。 が、以前はフロントフォークのステムを左右に振っていたが、今回はリヤスイングアームに4軸式のモーター制御を加えることで、後輪自体が左右にスイングする。こうして前輪の操舵と車体重心が別々に動かせることになり、極低速域での取りまわしと車体ロールが、より自由になったのだ。 実際のデモは未来感たっぷりだった。ライダーが両足を地面から離したまま、静止しているかと思いきや、後輪が左右にゆらゆらと動いて、バイクが自分でバランスをとっている。ライダーがわざと腰をふると、相殺する方向に後輪がスイングするし、徐行よりも遅い速度で8の字を描くこともできれば、スタンドをかけずに降りることさえできる……。 開発者いわく、アシモに連なるロボティクス技術を二輪に応用したもので、立ちゴケ含むごく低速域でバイクの重量が仇になるような場面での安全性に貢献するためという。つまり、高速域でのパフォーマンスや運動性能を向上させるためではないが、乗り方・ロールのさせ方によっては、回転半径を思い切り小さくすることもできるとか。 決まりや規則ではなく人間中心で発想する安全技術の奥深さと、ホンダのリベラルさを、思い知らされる体験会だった。