【試乗】フィアット500eの「日和らない」感が最高! EVでもハンドリングやサイズはちゃんとチンクエチェントしてた
この記事をまとめると
■EVになった新型フィアット500eが日本に上陸、試乗した■フィアット500eは普通の人の新しい日常を見据えて作られたEVだ■フィアット500を駆る喜びはパワートレインの種類とは関係のない普遍的なものだった
チンクエチェント以外の何者にも見えないのにすべてが新しい
あっ、これ楽しいな、気持ちいいな、と思った。いや、バッテリーとモーターで動くクルマが楽しいし気持ちいいってことは、もとよりわかってるつもり。エンジンで走るクルマにはエンジンで走るクルマの、電気で走るクルマには電気で走るクルマの、それぞれの楽しさと気持ちよさがあるのだから。 けれど、これまではBEV(=バッテリーEV)を”欲しいかも”と感じたことがなかったのだ。なぜなら一発700kmとか、そんなふうな移動がそれほど非日常的なことじゃない現在の僕の生活には、まったくマッチしないからだ。なのに初めて”ちょっと欲しいかも”なんて感じて、ちょっと戸惑ったような気持ちになってる自分がいる。上陸したばかりのフィアット500eには、それだけの魅力というものがあるのだろう。 フィアット500=チンクエチェントは、1936年から続く歴史のある名前である。その小ささと当時にしては機敏な性格からトポリーノ(=ハツカネズミ)と呼ばれた初代チンクエチェントも、クルマが今のようにポピュラーではなかった時代に、約20年間で55万台近くが売れたヒット作であった。 が、世界的にもっともよく知られているのは、1957年にデビューしたヌォーヴァ・チンクエチェント(=新500)のほうだろう。第2次世界大戦からの復興期に、スクーターぐらいしか移動の手段を手に入れられなかったイタリアの人たちのために作られたシンプルで小さな2代目チンクエチェントは、ダンテ・ジアコーサという天才技師の創意工夫がパンパンに詰まったクルマだったが、それより何よりジアコーサ自身の手で形づくられたスタイリングのかわいらしさや遅いのに何だか楽しい乗り味、明るいキャラクターが世界中で愛されて、1977年までにおよそ400万台が作られるほどの大ヒット作となった。 ご存じのとおり、ルパン三世の愛車もこのチンクエチェントだ。余分なことを添えておくなら、最近、僕が日常のアシにしているのもこのチンクエチェントだったりする。 2007年にデビューしていまも人気の衰えが見えないエンジン車のほうの現行チンクエチェントは、その稀代の名車の世界観やキャラクターを解釈し直し、30年の時を経て復活させたモデル。2代目と同じように世界中で愛されてるのも、当然といえば当然なのだ。 ならば、2020年に発表された今回の主役はどうかといえば、これはエンジン車の現行チンクエチェントをベースに電動化した代替役ではなく、2007年登場の3代目と同じような考え方、つまり世界中に笑顔と心の豊かさを提供した2代目チンクエチェントを入念に再解釈し、これから先の近未来にフィットするよう開発されたまったく新しいフィアット500、と見るべきだろう。 イタリア本国では”ヌォーヴァ・チンクエチェント”という名称で販売されてるのも頷ける。ひょっとしたら併売されてるエンジン車と区別するためなのかも知れないけど、僕はおそらくそこに開発陣達の想いが込められてるような気がして仕方ないのだ。 この500eは、ほとんどすべてが新しい。ゼロからBEVとしてスタートしてるのだからパワートレインはもちろんだが、プラットフォームもこのために旧FCA時代から着々と開発が進められてきたものだし、その辺りを筆頭に全体の96%が新規設計されたもので構成されている。 エクステリアやインテリアのデザインももちろんで、チンクエチェント以外の何者にも見えないというのに、かつての名車からそのままコピーしたところはひとつもなく、新たに”らしさ”を追求したものだ。その出来映えは文句のつけどころがないくらいに素晴らしく、さすがは美の国、デザインの国だと思わされる。 ボディサイズは全長3630mm×全幅1685mm×全高1530mmの、日本でいうところの5ナンバーサイズに収まるコンパクトさ。同じコンパクトBEVで比較するなら、姉妹ブランドになったプジョーのe208はもとより、ホンダeよりも小さい。現行のエンジン版のチンクエチェントと較べると、全長と全幅が60mm長くて全高が15mm高い計算だが、それでも日本の交通環境で悩まされることのない大きさであることは想像ができるだろう。実際に横浜の都市部はもちろん、ちょっとゴチャついた下町エリアや道の狭い山の手エリアなどをたっぷりと走りまわったけど、取りまわしはとっても楽なものだった。 2代目チンクエチェントが庶民の日常を支えるいわばシティカーとしての要素が強いクルマだったのと同様、基本はこの500eも僕たち”普通の人”の新しい日常を見据えて作られたクルマなんだと思う。たとえばボディをグッと大きく設計してバッテリーの搭載スペースを広くすればもっと航続距離も稼げるだろうに、それをしていないことからも察することができる。 限りあるフロアに42kWhのバッテリーを敷きつめ、118馬力と220Nmを発揮するモーターでフロントタイヤを駆動するレイアウトだが、機構図を見るとシステム全体を小さな車体に収めるのはそう容易なことじゃなかったことが判る。 WLTCモードで335kmという航続距離は、かなりがんばってると思う。BEVの航続距離は乗り方次第で大きく変わるものだけど、ごく普通に1日ドライブをするぐらいなら立派にこなしてくれることだろう。途中で1回充電を挟むことがあるとしても、その時間にを食事や買い物にあてればいいわけだし。ちなみに充電は、単相交流200V用の普通充電と付属されるCHAdeMOアダプターを介した急速充電で行い、急速充電性能はヨーロッパと同じ最大85kWに対応しているという。
「速くはない、でも楽しい!」と感じさせる500e
冒頭の”楽しいな”と”気持ちいいな”というのは、走りはじめた直後に感じたことだった。クルマが伝えてくるフィーリングが、とてもよかったのだ。ゼロ発進から高速道路の巡航まで、パワーとトルクのデリバリーが細かく行き届いていて、微速域でも高速域でも扱いやすいうえに反応が素直、そしていかなるときも滑らかだ。 走行モードは3つあって、そのうちのノーマルモードではエンジン版の現行チンクエチェントを走らせてるかのように加減速も含めてとても自然な感覚で走れる。じつのところ──ほぼ満充電だったことも大きいのだろうが──BEVを走らせてることを忘れてたくらいだ。 レンジモードに切り換えるとアクセルペダルだけで発進から停止までをまかなえるようになり、より強力な回生を得ることもできる。一気に”BEVに乗ってる”という感覚が強くなる。 シェルパモードはナビゲーションシステムで設定した目的地やもっとも近い充電ステーションに確実に到達できるよう、電飾消費を最適化するモード。最高速度は2代目チンクエチェントのそれより遅い80km/hに抑えられ、アクセルレスポンスも調整され、空調装置やシートヒーターなどもオフにして、とにかく航続距離を稼ごうとする。 あれ? スポーツモードは? と疑問に感じた人もおられるだろうが、じつはなし、である。ノーマルモードの状態でパワーもトルクもフルに使える設定になっている。アクセルペダルをグイッと踏み込むと、歴代フィアット500のなかで最強の加速力を楽しむことができて、速いか? と問われたら”そういうわけでもない”ぐらいに応えるしかないが、じつはこのときのフィーリングがBEVらしくなかなか爽快なのだ。アバルト595ほどではないけれど、わりと近いものがあるんじゃないか? と感じた瞬間があったほど。そこまでパワーやトルクを使い切ろうとしなくても十分に力強いから、普通に走っていて不満を覚えることもない。 もちろんその辺りも喜ばしいと感じたわけだが、僕にとってのハイライトはハンドリングだった。僕の手元にある1970年式フィアット500Lもそうなのだけど、2代目チンクエチェントの楽しさの源のひとつは、ステアリングを操作して前輪が反応した瞬間に後輪まで反応して全身で旋回に入るかのような、曲がる楽しさにある。以外やスポーティなフィーリングなのだ。それは2007年デビューの現行エンジン版チンクエチェントにも受け継がれている。 ここが鈍かったりすると、チンクエチェント・ファンとしては興醒めしそうだけど、真新しい500eはどうなんだ? と興味津々だったのだ。いや、そのテイストがしっかりと感じられたのだから、嬉しくなる。バッテリーをフロアに敷いたことによる重心の低さが活かされていて、素晴らしい気持ちよさを味わわせながら曲がっていくのだ。 しかもコーナリングスピードも、間違いなく歴代ナンバーワン。走る楽しさと気持ちよさは、BEVとなっても1グラムも失われていなかった。つけ加えるなら直進時の安定感も乗り心地のよさも、エンジン版をしのいでる。重さを──といっても1320〜1360kg程度だけど──をしっかり活かしたシャシーのチューニングがなされてる証である。 ラインアップには装備の異なるふたつの3ドアハッチバックと、2ドアのオープントップが用意されている。そのオープントップ版でゆっくり流していたら、春の心地いい風と一緒に横浜の街の息吹がすべて車内に滑り込んできた。オープントップの量産BEVは世界初だったと思うが、街の音を楽しむことのできる静けさというのはとても新鮮だった。そんな具合に、走らせてる間中ずっと、僕はクチモトが緩みっぱなしだったのだ。 その嬉しさの理由を言葉にして説明するのは、ちょっとばかり難しい。いろんなコトやモノがよってたかって気持ちにくすぐりをかけてくるから、そうした感覚のひとつひとつを言語に置き換えないとならないからだ。ただひとつはっきりと痛感したのは、チンクエチェントを駆る歓びってパワートレインが何であろうとあまり関係のない普遍的なものなんだな、ということ。そう感じさせてくれたということは、500eは紛うことなきチンクエチェントである、ということの証でもある。 1970年式フィアット500Lの隣に2022年式フィアット500eオープンを並べて暮らしたら、どんなに楽しいだろう……? どちらも微妙に不便なところのあるクルマではあるけれど、間違いなく日々が豊かになる気がしている。 ちなみにフィアット500eの販売は、サブスクリプションとリースのみというカタチ。シンプルな定額プランが用意され、契約が終了した後には車両が100%ディーラーに戻るというサステイナブルな車両購入環境をが構築されている。月額利用料の一例ではあるが、サブスクリプション型では500eポップが5万3900円でボーナス払い11万円×10回、個人型カーリースプランでは同じく500eポップが3万4000円でボーナス払い11万円×10回、といった具合だ。 6月ぐらいからクルマがショールームに並ぶ予定とのことなので、クルマを見に行きがてら詳細をスタッフの方に訊ねてみることを強くオススメする。